2026年に関岡英之の『拒否できない日本』を読む

たまに昔の新書を読みたくなる。そういうとき、教養系――『ニーチェ入門』とか『地政学とは何か』のような、そのテーマの解釈は時代とともに変わるかもしれないが、まあ内容そのものはさほど色褪せないだろう――ではなく、いわゆる時事系の新書に惹かれる。著者が自分自身の時代を、ややジャーナリスティックに論じようとするような新書のことだ。後から振り返れば、その内容が印象論にすぎず薄っぺらいとか、予測が大外れだったとか批判されるかもしれないが、視点を少し変えれば、自分の時代に完全に埋没しているこうした本のあり方自体に、ある種の切実さを感じる。あの時にしかなかったものは、やっぱりある。

 今回、手に取ったのは、関岡英之の『拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる』。2019に亡くなった関岡は、晩年にはチャンネル桜へたまに出演した保守論客で、何より反米的な論者として知られている。彼が大ブレイクしたのは、『拒否できない日本』が話題になった2004年だった。関岡の冷静かつ反米的な主張が当時魅力をもったのは、冷戦後、アメリカの一人勝ち状態が続くなかで、むしろそれが斬新に見えたからではないか。それまでさほど問題視されなかったアメリカの「年次改革要望書」と、それをひそかに実施しようとする日本政府のありさまを暴き、「日本的な」諸制度がアメリカの圧力によって歪められてしまうのではないかと訴えた関岡の議論には、今でも十分に耳を傾けるべき点がある。

 とはいえ、関岡英之が、多くの保守論客のように、古き良き日本組織を無条件に礼賛していたわけではないことも注目に値する。たとえば、次のように述べている。

なるほど我が国の行政には多くの問題があるのは歴然たる事実だ。私も談合は日本の文化だなどと開き直るつもりはない。一納税者として疑問に思うことも少なくない。だが九十年間も機能してきたという事実は、それが日本で一定の社会的・経済的役割を担ってきたということの紛れもない証左である(132頁)。

その立場や専門はかなり異なるものの、実は関岡の本は、2003年に刊行された岩井克人の名著『会社はこれからどうなるのか』をどこか思わせる。日本の資本主義を支えてきた株式の持ち合いや系列、メインバンク制が崩れ、グローバル化の嵐にいっそうさらされる状況にたいして、ただアメリカ型の資本主義を模倣するのではなく、日本の文化や国民性に合った新しい資本主義のモデルを何とか構想しようとした点で、二人の問題意識が重なっている。しかし残念ながら、そうした発想はあまり根づかず、時代の傍流へと退いていった。その意味では、私が関岡の代表作に関心を抱くのも判官贔屓から来ているかもしれない。とにかく、構造改革が叫ばれた時代の裏目を知りたければ、今なお十分に読み応えがある新書だ。

構造改革の時代

 それで、読者はここまで読んで、一つの気になっている点があるだろう。なぜ今さら2000年代なのか。あの時代はとうの昔のことのようで、今私たちが置かれている状況と何の関係があるのか。これには二つの理由がある。

 第一の理由は、高市・トランプの日米首脳会談をめぐる批判を最近よく見かけるからである。「トランプにあんなにおもねる必要はなかった」「恥さらしだ」といった声だ。しかし、正直なところ、そうした批判の多くが高市批判に終始していることには、やや疑問を感じる。戦後ずっとアメリカと一体化してきた日本の政府や経済はいまになって、急にトランプにノーと言えるはずもない。それよりも、トランプの不条理な要求をきっかけに日本の対米従属そのものへの不満が高まっている可能性に注目したい。もちろん、日本で明日にでも愛国主義が爆発し、軍国主義化する可能性は極めて低い。とはいえ、良くも悪くもナショナリズムの問題がもはや避けては通れなくなっている気がする。その意味では、日本のナショナリズムと反米気持ちは今より下火だった2004年前後に、あえてこの立場を貫こうとした関岡の視点は、いまなお参考になるかもしれない。

 二つ目については、少し説明がくどくなるのだが、しばらくお付き合いいただければと思う。最近、友人たちと読書会をやっている。いまどきの「エキセン」(エクストリームセンター)や「左派ポピュリズム」について読んでいるのだが、いつもどこかピンとこないところがある。というのも、こうした理論はかなりの程度、金融化した社会を想定しているように思えるのに、日本の金融化はむしろ、かなり抑制されているのではないか、という疑問があるからだ。アメリカや韓国と違って、日本の一般家庭はそれほど借金づけにはなっていないし、そのため金融機関が証券化し売るような金融商品もさほど多くない。格差の構造も、例えば、収益率の高い金融資本が一握りの人に集中しているというよりも、平均所得がひたすら下がり続けているだけのように見える。

この点について、経済学者の脇田成は鋭い分析をしている。

上位層と下位層の格差が開いたのではなく、平均的に家計の所得が減少した結果、困窮層が増加したと見て取れる。もちろん就職氷河期世代や若年層の状況は注視していく必要があるが、大まかに言えばほとんどの階層で満遍なく、貧しくなったのである(『日本経済論15講』、2019年、142頁)。

 つまり、日本はどう考えても、アメリカやイギリスほどの格差の国ではなない。そして、日本の停滞を生み出した要因は、もちろんバブル崩壊とその杜撰な処理とも無関係ではないだろうが、それ以上に、「構造改革」の時代が残した後遺症にあるのではないかと、私は以前から疑ってきた。それを総括する必要があるのではないか。

 インフレ下で進められた欧米型の「新自由主義」改革とは異なり、日本ではデフレが定着しつつあった1990年代後半から2000年代にかけて、次のようなサプライサイド型の行政改革や、それに伴う企業の統治改革が同時並行で進められた。

  • 財政投融資制度の再編と郵政民営化(インフラ投資・国内設備投資の停滞)
  • 労働市場の規制緩和(非正規雇用への依存の強化)
  • 社会保障改革と社会保険料負担の増大(厚生年金保険料率18.3%への引き上げは、人件費削減のための非正規雇用への転換を加速させたと河野龍太郎は論じている――『日本経済の死角』、2025年、59頁)
  • 大規模小売店舗法の廃止(1998年)
  • 企業統治改革と、自社株買いの解禁、国際会計基準への導入(株主型資本主義への転換、賃金抑制、配当重視の強化)
  • 大学の法人化と「選択と集中」
  • 自民党による利益誘導政治の解体(とくに公共事業の削減と公需の抑制)

経済学の専門家ではない私には、これら一つひとつ分析することができないのだが、同時代に進行したさまざまな改革や変容が複雑に絡み合い、結果として日本の停滞をもたらしたのではないかと考えている。もちろん、こうした改革の結果として生まれたのは、アメリカ・イギリスのような華やかな金融主導型資本主義や「創造的破壊」ではなく、結局のところ、合成の誤謬と縮小均衡状態だった。東アジアとの激しい価格競争にさらされた日本の企業が、メインバンク制から離れて内部資金調達へと移った結果、一般労働者の賃金が抑制され、内需は縮小、家計部門は圧迫され、最後にデフレが定着した。同時に、1997年、2014年、2019年の消費税増税も、この内需不足を悪化させる一因となった。

 この話をしていると、日本の当局がつねに誤った政策を取ったせい日本がこの体たらくに陥ったように聞こえる。だが、これは必ずしもフェアではないだろう。アメリカからの圧力も見過ごすわけにはいかない。関岡からすれば、アメリカはさまざまな手段を用いて、日本の基本的な制度やインフラを無理やりに書き換えようとしていたのだ。おそらく、実際はアメリカの対日介入と、それに対する日本側の誤った対応とが重なり合って、日本の停滞が生まれたのだろう。以下、この点について関岡の本を少し取り上げてみたい。

『拒否できない日本』について

 『拒否できない日本』の発売は、すかさず一つの「陰謀論」を生み出したらしい。本の売れ行きは順調だったにもかかわらず、なぜかAmazonでは購入できない状況が長く続いていたことが、そのきっかけだった。当時の記事はこう述べている。

 ネット上では、「米IT企業の代表格として日本に進出したアマゾンは小泉改革を推し進めたい。先の総選挙では、小泉陣営の邪魔になるから売らないのだ」との憶測が飛び交っている。

  著者の岡氏は「私も売れ行きが気になり、しばしばアマゾンを訪れました。昨年4月の発売直後は問題なかったのですが、数カ月後から品切れ状態が続いている。もう1年以上です。中古本も経済原則を無視した高値が付けられており、作為的なものを感じます」と指摘する。

まあ、この件は、事情が藪の中というしかないけれど、それだけ大きな反響を呼んだ本だったと言える。

 それでは、本書はどのような内容なのか。大まかな流れをたどってみたい。

  • もともと金融界で働いていた関岡は、1990年代に大学院で建築を研究することになる。そこで、1998年に行われた建築基準法改正を論文のネタにしようと思い、いろいろ調べていくうちに、ひとつの意外な事実を知る。阪神・淡路大震災がその改正のきっかけだと思っていたら、実はその改正の起源は1989年の日米構造協議にまで遡り、その目的は日本の建築材料(木材)をめぐる規制緩和にあった。どうもこの改正は、もともとアメリカが日本に要求したものらしい。
  • それから関岡は、「年次改革要望書」の存在を知る。これはアメリカ政府が1994年を皮切りに毎年10月、日本に手渡していたもので、その対象分野は農業や金融から郵政民営化まできわめて幅広い。それにもかかわらず、マスコミがほとんど報道していなかった。さらに調べると、その原型は、1984年の日米円ドル委員会、あるいは1989年の日米構造協議だったことがわかる。当時はアメリカの対日貿易赤字が問題視され、いわゆる「日本異質論」が流行っていた。系列・談合などのために、日本型資本主義は外資系企業の活動を妨げている、とみなされたのである。日本市場を開放するために、アメリカ政府は通商代表部を通して日本に圧力を加え始めた。
  • それから関岡は、その年次改革要望書を多面的に論じていく。まず、バブルの崩壊と会計基準の国際的統一を取り上げ、アメリカの会計基準、すなわち企業の業績を株価に連動させる時価主義に対して、日本企業はもともと原価主義を用いてきたと説明する。原価主義では、株価の動きが会計に直接反映されないので、含み益・含み損が生じる。2002年の商法改正による社外取締役制の導入も相まって、日本の企業はますます株主重視型へと転換し、「落ち着いて地道なモノづくりに取り組むより株価の浮き沈みに一喜一憂しなければならなくなる」と警鐘を鳴らす(112頁)。
  • 次に、アメリカがいかに日本の司法制度改革にも圧力を加えているかを論じる。アメリカ自身が1980年代以降、独禁法を緩和しているにもかかわらず、日本に対してそれをより徹底的に強化するように求めているという。もちろん系列を弱体化するためだ。また、集団訴訟などアメリカの法文化を日本に定着させようとしているのではないかとも論じる。基本的に、行政から司法へという1990年代以降に日本で進められてきたさまざまな改革の背景には、アメリカが働いていたとされる。
  • 最後にアメリカやイギリスの「個人主義」と「自由」が普遍的なものとして広がろうとしているポスト冷戦期の状況を嘆き、そうした競争原理の伝統は日本、そして多くの「集団主義」の国々に合わないと論じる。

 ここでそれぞれの発言や議論を逐一吟味するつもりはないし、また当時の政治状況(たとえば小泉純一郎がアメリカからの圧力を追い風として、自民党の派閥政治を解体しようとしていたこと)にもひとまず立ち入らない。結局のところ、2026年の地点から振り返れば、日本は関岡が懸念したほどにはアメリカ化していないけれど、しかしその一方で、さまざまな中途半端な市場化や規制緩和が現代日本の停滞を生み出したのではないかと私には思えてはならない。

 おそらく、本書の魅力はその「素人の視点」にあるのだと思う。素朴に疑問に思ったことを辿っていけば、ある種の隠れた構造が見えるのではないか。もちろん、それに対して、あれは「陰謀論」や「情弱」の発想ではないか、という声も聞こえそう。これも無理もない。実際、陰謀論が蔓延しているのだから。しかし、こうした批判に対して、関岡は次のようにいう。

これは陰謀でも何でもなく、アメリカ政府によっておおやけの対日政策として決定され、毎年定例的に議会へ文書で報告されてきたことなのだ。必要なのは、疑問の声を封じることなく、日本とアメリカの関係が、実際のところはどのようなものだったのか、日本人自らきちんと検討することではないだろうか(225頁)。

素人の発想からしか生まれないものは、実はある。年次改革要望書の問題を一般の人に紹介したのは、関岡の功績だった。氏の保守主義そのものには、正直、私はあまり響かないのだが、これは好みの問題だろう。

 本書が書かれてから20年以上が経った。アメリカの金融資本主義がさまざまなかたちで疲弊をしている一方で、良くも悪くも株主重視型資本主義とはまったく異なる原理で動く中国企業が躍進している。実は関岡が晩年、中国についても警鐘を鳴らしていたらしいが、ここではそれを取り上げない。

 私はアメリカ人だし、ひたすら「反米」感情を煽るつもりはない。だが、アメリカはもはや日本にとって手本ではなくなった。だからこそ、かつてアメリカしか手本がないと思われていたあの時代を、いまこそ冷静に総括してほしい。そういう新書をだれかに書いて欲しい。『構造改革の時代』というタイトルはいいのではないか。

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